第1回テーマ:血液検査値 (基準値) について
血液検査値を読む前に知っておくべき前提 「血液検査値で何が語れて、何が語れないのか」
病院を受診したときや健康診断の際、ほとんどの方が一度は血液検査を受けた経験があるのではないでしょうか。
腕から少量の血液を採取し、数日後に渡される検査結果表。そこには、ずらりと並んだ数値とともに「基準値」という欄が記載されています。
基準値の範囲内であれば安心、外れていれば異常
——そのように直感的に理解している方も多いのではないでしょうか。
臨床検査における「基準値」は、検査結果を解釈し、判断するうえで重要な指標の一つです。しかし、「基準値外にある=問題がある」「基準値内にある=正常である」と即断することはできません。特に臨床試験や研究の現場では、このような単純な理解が、結果の誤解や過剰な解釈につながるケースも少なくありません
まず押さえておきたいのは、血液検査における「基準値」は、健康と不健康を明確に分ける境界線ではない、という点です。
基準値は、ある集団を対象として測定された検査値のうち、95%が収まる範囲として設定されるものであり、「健常と考えられる集団」のデータを基に算出された、血液検査結果の平均的な範囲を示す数値のことです。

では次に、「健常と考えられる集団」とは具体的にどのような人たちを指すのでしょうか。
ここで重要になるのが、基準個体という考え方です。
血液検査の基準値は、無作為に集められた人々のデータから作られているわけではありません。
あらかじめ「健常である」と判断された人の中から、一定の条件を満たす個体を選び、その集団を基に算出されています。この条件を満たして選ばれた一人ひとりを「基準個体」と呼びます。
日本臨床検査標準協議会 (JCCLS) が定めた共用基準範囲では、以下の条件で基準個体を選出しております。
- 慢性疾患に対する定期服薬がない
- BMI < 28 kg/m²
- 飲酒量 < 75 g エタノール換算/日
- 喫煙 ≦ 20本/日
- 上記4つの基準のもと、各検査項目の基準範囲を設定し、その中で異常値が1つ以内
このようにして選ばれた集団を基に基準範囲が設定されますが、実際にはそれだけでは十分とは言えません。そこで用いられるのが「潜在異常値除外 (LAVE) 法」です。
LAVE法は、表面上は健常と考えられる人の潜在病態の影響をできるだけ除外して基準範囲を設定する手法です。健常者集団であっても、特定の検査項目で極端な値を示す人が含まれることがあります。こうした値をそのまま解析に含めてしまうと、基準範囲が不必要に広がり、本来の「健常者の代表的な範囲」を示すという目的から外れてしまいます。
少し砕けた言い方をすれば、「明らかに不自然な値を出しにくい人たちのデータを使って、基準範囲を決めている」ということになります。

図. LAVE法の原理 (臨床検査のガイドライン JSLM2021より引用)
このように厳密な条件のもとで選定された基準個体のデータから基準値は設定されていますが、ここで押さえておくべき重要なポイントがあります。
それは、残り約5%は健常者であっても基準値の範囲外に位置するという事実です。
言い換えれば、基準値とは「多くの人がこの範囲に収まる」という統計的な目安を示したものであり、「この範囲を外れたら異常」と断定するための絶対的な境界線ではありません。基準値からの逸脱=直ちに異常、という単純な図式が成り立たない理由は、ここにあります。
さらに、血液検査値はさまざまな要因の影響を強く受けます。
食事の有無や採血の時間帯、前日の運動量、水分摂取の状況、季節変動、さらには心理的ストレスといった要素によっても、数値は容易に変動します。これらはいずれも日常生活の中で避けがたい要因です。
そのため、ある一時点で測定された数値だけを切り取って評価することには、どうしても限界があります。
臨床検査値を正しく理解するためには、経時的な変化や他の検査項目、被験者・受診者の背景情報とあわせて捉える視点が欠かせません。基準値はあくまで「判断を助けるための道具」であり、それ自体が最終結論ではない
——この点を意識することが、適切な解釈への第一歩といえるでしょう。
臨床試験や機能性表示食品の研究では、被験者を「健常者」として募集するケースが多く見られます。しかし実際の現場では、健常者であっても基準値ぎりぎりの数値を示す人や、特定の項目のみが軽度に基準範囲を外れている人が、一定数存在します。
このような状況において、「基準値から外れているから除外する」「異常値が出たから問題がある」と機械的に判断してしまうと、本来は不要であった被験者の除外や、安全性上の過剰な懸念につながりかねません。研究の質や外的妥当性を損なう要因にもなり得る点には注意が必要です。
また、研究や論文、届出の場面では、「統計的に有意な変化」と「臨床的に意味のある変化」が混同されやすいという問題もあります。
たとえ基準値の範囲内に収まっている変化であっても、その変動幅や方向性によっては、慎重な解釈が求められる場合があります。一方で、基準値をわずかに外れていたとしても、臨床的には特段の問題が認められないというケースも少なくありません。
臨床検査値を読み解く際に本当に大切なのは、数値そのものを良し悪しで判断することではありません。
その数値が「どのような条件で得られたのか」「どの程度の意味や影響を持つのか」を背景とともに考えることこそが、本質的な評価につながります。
このシリーズでは、血液検査値を単に「正常か否か」で切り分けるのではなく、
- 臨床検査値に影響を及ぼす因子
- 異常値の考え方
- パニック値の位置づけ
- バイオマーカーの妥当性
といった視点から、血液検査データの読み解き方を整理していきます。
第1回となる今回は、その前提として「基準値」の考え方を整理しました。
次回は、臨床検査値に影響を及ぼす因子について、もう一段踏み込んで解説していきます。